足が震えたマウンドで見せた意地
8-4の9回無死二塁。先発・木下投手が疲労で降板すると、ベンチから阪下の名前が呼ばれた。「選抜みたいになったらどうしよう」。右肘の悪夢がよみがえる中、足を震わせながらもマウンドに向かった。
今春選抜の壱岐戦で右肘に激痛が走り、1回2失点で無念の降板。「右肘靱帯損傷」の診断を受け、医師からは「確実に手術」と告げられた。それでも「選抜の終わり方が野球人生で一番悔しかった」と、甲子園復帰を信じて保存療法を選択した。
143キロでも通用した技術
3月20日以来、148日ぶりの実戦登板。直球は自己最速の147キロを4キロ下回る143キロにとどまったが、阪下には勝算があった。故障前よりスライダーの配球を増やし、技術で勝負する作戦だった。
先頭打者を外角スライダーで見逃し三振に仕留めると、心が落ち着いた。続く打者も139キロの直球で空振り三振。最後は143キロの直球で遊ゴロに打ち取り、3者連続アウトで試合を締めくくった。
チームメイトは「復活の11球」と称えた完璧な投球内容だった。
新エースの励ましが支えに
リハビリが長引く中、夏前には指導者から「このままならメンバーに選ばない」と厳しい言葉も浴びせられた。兵庫大会は背番号10でベンチ入りしたものの、患部の状態は改善されないまま。「チームの力になりたくて保存療法を選んだのに、何のためにやってきたんや…」と自問する日々が続いた。
それでも復活を諦めなかった理由は「そばに木下がいてくれたから」。新エースが「俺が甲子園に連れて行ってあげるから」と励ましてくれた言葉を信じ、聖地での復帰登板を夢見続けた。
監督が託した勝利球
試合後、岡田龍生監督は主将の渡辺拓雲に伝えた。「阪下に渡してあげ」。勝利球を受け取った阪下は、力が戻った右腕で記念のボールを力強く握りしめた。
「復帰登板を甲子園という素晴らしい球場で投げることができた。何とか恩返しをしたいと思っていました」
148日間の苦悩を乗り越えた右腕が、チームを14年ぶりの3回戦に押し上げた。
選手基本情報
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 阪下漣(さかした れん) |
| 学年・年齢 | 3年生・18歳 |
| ポジション | 投手 |
| 投打 | 右投右打 |
| 身長・体重 | 183cm/86kg |
| 背番号 | 10(今夏)※1年秋から背番号1 |
| 出身校・チーム | 東洋大姫路高校 |
| 最速球速 | 147km/h |
| 得意球・プレースタイル | スライダー、カーブ、制球力 |
| 主な実績 | 2年秋:近畿制覇・神宮大会4強 3年春夏:甲子園出場 50m走6秒9、遠投100m |
右肘の故障を乗り越えて甲子園のマウンドに戻った阪下漣。この復活劇が東洋大姫路のさらなる躍進につながるか、3回戦での投球にも注目が集まる。
参考記事
- スポニチアネックス 2025年8月16日 - 【甲子園】東洋大姫路・阪下「復活の11球」9回好救援で16強進出